今年3月の訪日外国人数は300万人を超えて過去最高となり、まさにインバウンドブームが最高潮となっています。
この背景には最近続く円安や日本の観光資源の魅力発信などがありますが、2007年に施行された「観光立国推進基本法」に基づく「観光立国推進基本計画」(インバウンド回復戦略)など政府などが進めてきた政策によるところも大きいと思われます。
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実は観光立国を目指して政策を推進したのは決して新しい話ではなく、古くは戦前にもありました。1930年に鉄道省の傘下に「国際観光局」が創設され、国際収支の赤字解消策として訪日外国人の誘致に取り組みました。この促進策として全国の観光地に国際的なホテル建設を進めるべく大蔵省から地方自治体経由で低利融資をするスキームを造りました。その結果日本各地に観光ホテル建設ブームがおき、上高地帝国ホテル(1933年)、横浜グランドホテル(1934年)雲仙観光ホテル(1935年)、川奈ホテル(1935年)などが次々と開業しました。尚、1934年は雲仙や瀬戸内が日本で初の国立公園に指定され観光ブームが起きる一方で、中国大陸で軍事衝突が起き、日本は国際連盟から脱退するなどきな臭さが漂い始めた時代でした。
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この1930年代のホテル建設ブームから更に遡ると明治維新後間もない頃にも外国人客の誘致を目指してホテル建設ブームがありました。それは外国人向けホテルの黎明期とも言える時期であり、1870年に神戸の外国人居留地に建設された「オリエンタルホテル」、1873年の「日光金谷ホテル」、横浜の外国人居留地にあった「グランドホテル」(関東大震災で被災し廃業、その後震災復興事業で「ホテルニューグランド」が1927年開業)などがあります。
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そして、東京からほど近い日本を代表する温泉リゾート地箱根に開業したのが「富士屋ホテル」です。1878年に外国人客誘致を目標にして日本初の本格的リゾートホテルとして開業し、いまや軽井沢万平ホテルや日光金谷ホテル、川奈ホテルなどと並ぶ名門クラッシックリゾートホテルの一つです。
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富士屋ホテルの創業者山口仙之助は漢方医の家に生まれ、外国人向け遊郭を経営する山口家の養子となった後米国へ渡りました。そこで当初は牧畜業を志しますが帰国後に入塾した慶應義塾で福沢諭吉から近代国家建設に向けた国際観光の重要性を学びます。その上で日本に外国人向けのリゾートホテルが無い事に目を付けて志を翻し、東京や横浜からも近く外国人に人気の景勝地である箱根宮ノ下にあった老舗旅館「藤屋旅館」を改築して1887年「富士屋ホテル」を開業しました。
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開業後はホテル周辺の道路を整備したり、近くを流れる渓流を利用した宮ノ下水力発電所を建設するなど公共事業にも取り組んでいます。その一方で日本の名士がホテルに泊まりたいと訪れても、外貨を稼ぐ為のホテルだと断るなどの気骨ある逸話が残されています。
当初から訪日外国人を対象として開業し今日のインバンドブームの先駆けだったわけですが、外国人向けに様々な工夫があったホテルであったため太平洋戦争直前には連合国側外交官の軟禁施設となり、ホテル内には外務省箱根事務所も設置されました。
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また、終戦後はいち早く連合軍に接収され将兵やその家族の保養施設となり、接収解除後も契約により米軍に施設貸与が継続されると言う苦難の歴史も持っています。
しかし、その後は昭和天皇皇后両陛下始め皇族方、文化人や財界人、そして海外からもヘレン・ケラーやチャーリー・チャップリンなど多くの署名人が訪れ、現在でも日本を代表する名門クラッシックリゾートホテルの一つとしての地位を誇っています。
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「富士屋ホテル」三代目社長の山口正造は1882年金谷ホテルの創業者金谷善一郎の次男として生まれ、7年の英国生活を経たのち1906年山口家の養子となります。
彼は建築道楽で富士屋ホテルの象徴的な建物である「花御殿」「食堂棟」などを建てました。これらの建物は1997年に本館や元御用邸の「菊華荘」と共に国の登録有形文化財に指定されています。
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新しもの好きの彼が手掛けたもう一つの事業がゴルフ場の建設です。
英国の一流リゾートホテルにはゴルフコースが併設されている事を知る彼は富士屋ホテルもそれにならおうと考えます。
しかし、ゴルフコースの建設には膨大な費用を要することからホテル直営とするのは困難と判断、1915年「箱根ゴルフ及び銃猟倶楽部」を設立して会員を募ると共に神奈川県や地元仙石原村に協力を求め、村有地の賃借や補助金を得る事に成功しました。
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折しも内務官僚から千葉県や宮崎県知事を経て1916年に神奈川県知事に就任したはかりの有吉忠一は英国でのゴルフを始めた経験があり、ゴルフに関する理解が極めて高く1917年~1918年に亘り県から「名勝地改善」の名目で多額の補助金を受給できました。
この結果、神戸ゴルフ倶楽部(1903年開場)に次ぐ歴史を持つ横浜・根岸の日本レースクラブ&ゴルフアソシエーション(1906年開場)や、東京で一番初めに出来た東京ゴルフ倶楽部駒沢コース(1913年開場)を設計したE・Fコルチェスター氏の設計で建設に着手する事ができました。
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1917年に9ホールが完成、1918年にはクラブハウスも完成します。パブリックコースの中では関東で一番、全国でも二番目に古く(一番は1913年開場の雲仙ゴルフ場)、日本のゴルフコース全体でも7番目と言う屈指の歴史を誇ります。
開場当時は避暑のため宮ノ下御用邸(現・富士屋ホテル「菊華荘」)に滞在されていた東宮殿下(後の昭和天皇)が度々行幸されたそうです。
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しかし、当時ゴルフをするのは一部の貴顕紳士に限られ、一般の人々には縁遠いものであったためゴルフ場の経営は厳しく、1920年に俱楽部組織は解散して全ての権利を富士屋ホテルに譲渡しホテル直営のパブリックゴルフコースとなりました。その後1923年の関東大震災で被災しますが、これを機にコース改造に取り組み、復興後の1935年には新たに村有地を借りて赤星四郎設計で9ホールを追加し18ホール、6,320ヤードのコースが完成します。
戦時中はコースの一部が食糧増産のため開墾したり、軍の演習場としても使用されます。敗戦後の1945年には富士屋ホテルと共にゴルフコースも連合軍に接収されました。また朝鮮戦争の際には在韓米人の避難施設にもなりますが1952年に接収解除、開墾されたホールも元に戻されパブリックコースとして再スタートしました。
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1956年には箱根地区の町村合併を機に多くが仙石原村からの借地だった土地を富士屋ホテルが買収します。更に、1966年には富士屋ホテルが政商として名高かった小佐野賢治氏率いる国際興業グループに買収され、ゴルフコース共々創業家である山口一族の手を離れて今日に至ります。
1979年新クラブハウスが完成、2017年には開業100周年を記念してクラブハウスのリニューアルが行われ、乗用カートの導入なども実現しています。しかし、伝統と趣のあるリゾートコースの雰囲気は変わりません。
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それではコースを見て行きましょう。
クラブハウスが高台にあり眼下にスタートホールや最終ホールを見下ろす事が出来ます。
しかし、コースは箱根の山中にあるとは思えないほどフラットで、フェアウェイも広く伸び伸びとショットが打てるホールがほとんどです。
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1番ホール(424ヤード、パー4)仙石原の街並みや芦ノ湖方面に向かって豪快に打ち下ろすホールです。フェアウェイも広いのでプレッシャーを感じる事なくスタートを切ることが出来ます。但し、左サイドはグリーンまでOBが続くので注意が必要です。
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2番ホール(434ヤード、パー5)距離の短いパー5ホールですが、正面左サイドに池があり、その先もグリーンに向かって左カーブが続きますがOBラインも続いているので無理にショートカットせず右サイドから行くのが正解です。
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4番ホール(347ヤード、パー4)グリーンに向かって真っすぐなパー4ホールで距離も比較的短いのでパーが狙えます。
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5番ホール(357ヤード、パー4)広々としたホールですが、フェアウェイ途中の右サイドに大きなクロスバンカーが待ち受けているので注意が必要です。
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6番ホール(383ヤード、パー4)ティーイングエリア正面に池があり、その向こうには箱根外輪山が望める美しいホールです。池を越えると左サイドにOBが続き、しかもフェアウェイがやや左傾斜なので右サイドからが安全です。
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8番ホール(379ヤード、パー4)上り傾斜のパー4ホールでグリーンは距離表示より遠く感じられます。グリーンは大きく唯一のワングリーンなので、クラブは大きめの番手を選択する事をお薦めします。
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9番ホール(105ヤード、パー3)短いパー3ホールですが、クラブハウスに向かって急な打ち上げで適切なクラブ選択と力まないスウィングでのティーショットが重要です。
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前半終了後には富士屋ホテル直営のクラッシックなレストランで美味しいランチを頂く事ができます。
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10番ホール(363ヤード、パー4)クラブハウス前から緩やかに打ち下ろすパー4ホールです。上から眺めるとホールをセパレートしている木々が美しいですが、ティーイングエリアがやや右を向いており、そのまま右方向に打ちだすとグリーンが狙いにくくなります。
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11番ホール(464ヤード、パー5)緩やかに左へカーブするパー5ホールです。距離は比較的短いがコーナー付近にはクロスバンカーあり注意が必要です。
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12番ホール(154ヤード、パー3)ティーイングエリアの前に2つの大きな池がある印象的なパー3ホールです。グリーンは打ち上げなので大きめのクラブ選択と池のプレッシャーに負けない正確なティーショットが求められます。
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13番ホール(445ヤード、パー4)距離の長い難しいパー4ホールです。フラットで真っすぐなホールですが左サイドは民家が続くためOBとなるので、右サイドからの攻略が必要です。
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14番ホール(492ヤード、パー5)打ち下ろしのパー5ホール。ホール全体が右に傾斜していますので左側から攻略したいところですが、左サイドはOBが続くので注意が必要です。
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15番ホール(366ヤード、パー4)ティーイングエリア手前には正面に金時山を望める眺めの良い茶店があるホールです。茶店の中には風情のある囲炉裏が切ってありリラックスできますが、打ち下ろしで左に大きくカーブする池越えの難ホールです。しかも左サイドはOBが続き、右サイドも浅く突き抜け易いのでティーショットを打つ際にはかなりプレッシャーを感じます。
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17番ホール(386ヤード、パー4)緩やかに右にカーブするパー4ホールで、比較的距離もありグリーンに向かっては打ち上げとなるのでパーを取るのは容易ではありません。
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18番ホール(153ヤード、パー3)9番ホールと同様に最後はクラブハウスに向かって打ち上げるパー3ホールですが、9番より距離はありパーを取るのが難しいホールです。
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プレー終了にはクラブハウス内に展示してある昔の写真などと眺めて、クラブの歴史を感じるのも伝統あるコースの醍醐味です。
日本で最も歴史あるクラッシックリゾートホテルに滞在し、箱根の自然美の中にある日本で二番目に古いパブリックゴルフコースで優雅にプレーをお楽しみください。
東京から車で行く場合は東名高速御殿場ICが便利です。
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富士屋ホテル仙石ゴルフコース
住所 | 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原1237 |
電話番号 | 0460-84-8511 |
ウェブサイト | https://www.sengokugolf.jp/ |